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アフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』 イラク戦争後の"日常"から生まれた怪物

2020.12.06 07:07

  • #中東文学

読書の醍醐味はその物語が書かれた地域や時代、風土や文化を身近なものに感じられるところにある。古典や西洋の作品に親しみはあっても、中東の、ことさらイラク発の文学に馴染みのある人は少ないのではないだろうか。


『バグダードのフランケンシュタイン』にはイラク戦争後の混沌に生きる人々の生活が、歴史や宗教的背景を踏まえながら生々しいほど精細に描かれている。


目次

バグダードのフランケンシュタイン

あらすじ

読みどころ

まとめ


バグダードのフランケンシュタイン

『バグダードのフランケンシュタイン』はイラクで2013年に刊行された、アフマド・サアダーウィーによる小説だ。


本書はアラブ小説国際賞を受賞し、2018年に英訳版が出版されてから、世界的に権威のあるブッカー賞、イギリスで最も名誉あるSF作品に贈られるアーサー・C・クラーク賞の最終候補にノミネートされている怪作である。


FRANKENSTEIN IN BAGHDAD

引用元: amazon.com

あらすじ

舞台はフセイン政権崩壊後のイラク首都バグダード。 2003年の多国籍軍による大規模戦闘の終結後も、武装勢力のテロによって、一般市民が連日のように犠牲になっていた。


バグダードで古物商を営むハーディーは、自爆テロに巻き込まれ散らばった人間の一部をこっそり持ち帰っては、少しづつ繋ぎ合わせ、きっかり一人分の遺体をつくり上げた。そこに自動車爆弾テロによって犠牲となった若者の魂が入り込み、命が吹き込まれた怪物は忽然と姿を消す。


それからというもの、街の物乞い四人が奇妙な殺され方をしているのが発見され、イラク当局と米軍は調査を開始する。そんな中も奇怪な殺人は続き、現場ではつぎはぎの怪物が目撃されるようになる。


つぎはぎの怪物を自分の息子だと信じ込む老婆、奇怪な殺人事件を追うジャーナリスト、街の悪徳不動産屋。バグダードに暮らす多様な背景と信条を持つ人々の人間模様が、怪物によって思わぬ方向に向かって動き出す様を描いた群像劇である。



読みどころ

『バグダードのフランケンシュタイン』の舞台は、文字通りイラク首都のバグダード。時代はイラク戦争直後の2005年である。


2005年のイラクといえばフセイン政権打倒後に暫定政権が発足したばかりであり、反米武装勢力の攻撃や一般市民を標的としたテロが横行していた時期になる。本作は実際に起きた事件や事故ともリンクしており、当時の苛烈なイラクの状況が生々しく語られていた。


街を歩く傍ら、反対の通りに仕掛けられた自動車爆弾が爆発した。礼拝に行き、自宅に戻る間には知人がテロに巻き込まれていた。


常に死と隣り合わせのバグダードの日常は、彼らにとっては珍しくもなんともない、ままある出来事のように淡々と語られていく。

自爆テロに遭遇することのない我々にとっての日常と、イラクにとっての"普通の"日常とのギャップに、読者は衝撃を受けることだろう。



まとめ

古くからバグダードは複数の宗教や民族を抱える国際都市だったという。 テロで飛び散った多種多様な人間の寄せ集めは、無残にも蹂躙されバラバラになった彼らのアイデンティティや無念の集合体なのかもしれない。


『バグダードのフランケンシュタイン』には安易にフィクションとは言い切ることのできない、得体の知れないリアリティに満ち溢れている。 中東のイラクという混乱の続く土地で、凝縮された強烈な魅力が本書にはある。 SFと呼ぶには怪談、幻想譚といった雰囲気の作品だが、選り好みすることなくぜひ手にとってもらいたい。